おっさんの昭和回顧録-7-

ロボレスと言う革命

 私の子供の頃は「ロボレス」という言葉は聞いたことはなかった。この言葉が一般的になったのは昭和60年代に入ってからのようだ。ただ、ロボットが主体となって戦う・活躍すると捉えると、該当するコンテンツは昭和のこの時代から存在していた。「鉄腕アトム」、「鉄人28号」、「マジンガーZ」などであるが、どれもとても面白く、思い出深い作品ばかりである。なにしろそれぞれの原作者がすごい人たちである。「手塚治虫」「横山光輝」「永井豪」という昭和の漫画界をけん引してきたヒーロー作家たちの想像力が、今や輸出産業として世界に誇れる日本のサブカル系コンテンツの始祖となっているのではないだろうか。ロボットでありながら人間と同じ外見で心を持ち、悩み、苦しむことができるアトム。この頃の海外の作品でこのようなロボットは見た記憶がない。押しなべて金属の外骨格と無機質な目を持ち、命令に従うだけの武骨な代物であることがほとんどのように記憶している。宗教観などの違いもあり、無理からぬことではあるが、海外の作品で似たような哲学を感じるには昭和57年に公開された「ブレードランナー」を待たなければならない。何という先見性であろうか。ただ、小説に目を向けると海外のスペースオペラの中には「キャプテンフューチャー」(昭和15年頃)のグラッグのように典型的な金属外観のロボットでありながらアンドロイドのオットーと口喧嘩をするほど高い知能を持つキャラクターもいる。

 「鉄人28号」はリモコンでの遠隔操作であるが、巨大で最強なロボットを自分の手で操れるという夢を与えてもらい、更に「マジンガーZ」では巨大なロボットに自らが乗り込むという、「ガンダム」に通じる男子には抗いがたい誘惑の源泉を与えていただいた。感謝しかない。

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