想い出の昭和30年代
私は長崎市内で生まれ、そこで幼少期を過ごした。住んでいた所は市街の中心部ではなく、少し郊外の緩やかな丘陵に広がる住宅地で、周囲に畑などはなく、舗装された道路と住宅・店舗が立ち並んでいた。それでも平地が少ない長崎は目の前に山があるのは当たり前で、ちょっと入り込めば豊かな自然もあった。近くにあった川幅7~8メートルくらいの川は護岸もちょっとした石垣程度で簡単に降りることができ、カエルやオタマジャクシ、タニシ、フナなどが沢山いて、生き物が大好きな私はいつも楽しく過ごしていた。原爆で大きな被害を受けた場所でもあったが、私が物心つくころには保存されている被爆遺構以外は全くその面影はなく、わずか10数年前に戦争が終わったのだ、という実感はなかった。ただ、市内の小学校では平和教育が盛んで、60代となった今に至っても私の戦争に対する考え方の根幹を成しているように思う。この頃の日本の政治がどのような状態であったか、まだ幼かった自分にはほとんど実感がない。実感がないことをネットで調べてここで書いても意味がないので省くが、「3種の神器」と呼ばれたテレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機は既にあったし、確か東京オリンピックあたりで白黒だったテレビがカラーに変わったように記憶している。社会全体は爆発的な高度経済成長の初期段階で、活気に満ち溢れていた。停滞感など微塵もなかった。学校には子供が多く、50人位のクラスが1学年10クラスくらいあった。教室も廊下も校庭も子供で溢れていた。 振り返ると刺激的で楽しい日々だったが、ただ、子供心とは時代に関わらずそんなものかもしれない。
